2016年03月

よくブログやYouTubeなどで、絵が完成するまでの過程を載せているのを観て愉しんでいるが、そういえば、自分で描き上がるまでの如新nuskin產品過程を載せたことないなぁと気が付いた。

確かに、自分で描いているものが、最終形に至るまでを記録的に観るのは面白いんじゃないか、と思っちゃった。テヘペロ。テヘペロってなんだよ。
その時点での状態は、絵具を塗ってしまえばもう二度と観れないし、後で見返したら、思考を遡るようで、なかなか興味深いよね。ね。

つーのnu skin 如新は、半分言い訳で、下地を作ったまではいいのだけれど、ここからどうしようか止まってしまった。

F20号のキャンバス。実際の色は画像よりもう少し青が薄いのだけれど、なかなかいい下地になった。今はそう思うが、まったくもって嫌になることもあるから、ここからどうなるかなぁ。

なんとなくのnu skin 如新イメージはあるんだけど、なんだかはっきりしない。ので、そこら辺のノートに、いろいろイメージを描いている。

良い絵になってくれればいいな。

1995年、ウインドウズ95が発売された。
それまで、コンピューターは特定の人のものであったのが、そうではなくなった。皆が皆、コンピューターを使える時代が到来したのだ。

私たちの年代では、コン雪纖瘦ピューターを使える人とそうでない人との格差が広がった。いや、逆転現象が起こったのだ。ただの年長者が尊敬を集めることがなくなり、マシンを操れる若い人が伸してきたのである。

有能な若者は、アメリカでMBAを取り、意気揚々として帰国し、コンピューターと語学力を武器に日本企業の中核に入り込んできた。

しかし、彼らは、マシンに頼り、語学のできない他者を愚弄することもしばしばあった。

80年代、こんな人物がいた。
部下に命じたのは、街に出て、人々の生活を見てこいということであった。
街の人々を観察して、人々が何を欲しているのか、たくさんの人々に、もっと安くていいものを作るためのアイデアを探させるためである。

その人物は思っていた……。
世の中をびっくりさせる商品というのは、ありきたりのマーケット情報からは導き出されない、ましてや、机上であれこれプランニングしても決して導迪士尼美語 世界き出されることはないと。それが導き出されるのは、巷の人々の生活の中からだと。

その結果、生まれたのが、世界を席巻する「ウォークマン」であった。

その後、MBAをもつ優秀な人材がトップについた。
しかし、あろうことか企業としての価値は下落の一途をたどった。
世の中をあっと驚かせる商品はもうそこからは生まれてこなかった。

ところが、海の向こうで、破天荒で、困りもののアメリカの若者が、新しい「ウォークマン」を作り出した。その青年はすでにガンで亡くなった。しかし、その青年の迪士尼美語 評價アイデアは今も世界を席巻している。

コンピューターを駆使する能力も語学力も確かに必要ではある。しかし、現場に接し、観察で得たもの、そこから派生する直感、それがないとあっと言わせる品物は生まれこない。

私たち人間には、第三の眼がある。それは失われていないはずだ。人間的な、あまりに人間的なあり方を取り戻すことが必要である。

↑このページのトップヘ