タイトルを括弧付けしたのは、ワールドオーダーの曲名だからである。昨晩、久しぶりに彼らのチャンネルを覗いた。当然にして素朴な疑問。「あれっ、工藤さんは?」。インターネットで懷孕營養補充品理由を調べた。彼は本当にすごい人だ。この決断力は半端ではないと思う。潔さの極致。格闘家の歴史の重みも感じる。「引退の時期」という宿命を。

タイトルを私なりに訳してみると「次の局面」という感じかな、と思う。当然にして、私が今日、記事を書く意味を問われる。

一日中、震災のことを考えていた。五年という月日のことも・・・。そもそも、私が高年プータ
ローと化したのも震災なのである。フランスの日系企業の重責というポスト。私の二十四年間が問われた。お前、そんなことしにフランスに来たの? 当然、ノンである。震災が私に問い掛ける。心の復興はないと。一度折れたものは元には戻らない。そうであれば、私自身、私の責任は私。少な白鳳丸功效くとも、「これだけ」でも復興しないといけないと思い始めた。社会的な地位、そこそこの高給。これを、お前の年で失うのか? 正直、こわい。しかし、今しなければ、いつ、お前は戻れるのだ、初心に、とも同時に思った。そして、戻る。赤貧と引き換えに自由な時間ができた。時間ができたのならば、次の局面は自由についての考察だろう。単に時間がある。そうではないだろう、時間があることと自由は別のもの。

お前は何をしたいのだ? 十四歳の時の答え。ジャズピアニスト。以上だろう。

還暦が近い男がまだつっぱる糞真面目ともいえるしかしこの気骨反骨が折れた時こそ私の終焉なのだと思う脳死なのだこれだけは避けたいとつっぱるそして多忙余生を自分で構築する美術詩小説ブログジャズすべてをやっちまえと思う始めなければ次の局面はこないのは当然である異常なピカソ的エネルギーはなんなんのと自分で思う上から目線なんていうセ香港 治安コイはなしではないのだ少なくとも私自身が復興しないといけないとしみじみと思うそれはないからこそそうしないといけない世間という謎の物体と乖離するしかないのだろうなと思うそんなものに関わる時間はないのだ。